引越しました! 旅行記ブログ
by nokonokoblog
カテゴリ
全体
2008シンガポール子連れ旅
旅の思い出
子連れ旅 0歳バンコク
中国・パキスタンの旅
未分類
以前の記事
2009年 08月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 10月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
フォロー中のブログ
メモ帳
旅行記中心の「のこのこblog」ライブドアの不具合が多いため、試験的に引っ越しました。

過去記事はこちら
のこのこblog

メインサイト
のこのこ旅の情報ノート
最新のトラックバック
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


シンガポール6) ナイトクルーズ

a0097288_0473141.jpg

シンガポールで一番楽しみにしていたといえば、リバークルーズ。

10年前。
ケニアからの帰りにトランジットでシンガポール空港に降りた時、待ち時間が一定時間以上あるトランジット客を対象にした、なんと無料の市内ツアーサービスを利用した。
無料だよ無料! シンガポール空港が大好きになる筈だよ。

バスに載せられ市内へ出て楽しんだのが、船に乗って夜のリバークルーズ。
その時の夜景の美しかったこと! 
見上げる摩天楼。 川沿いに立ち並ぶオシャレな店。ライトに浮かび上がるマーライオン。
アフリカ帰りの身には一切の生活感を排除した無機質な街の光が宝石のように輝いて見えた。
a0097288_048222.jpg

シンガポールに行ったら絶対にまたこの船に乗ろうと決めていた。
ラッフルズホテルを後にして、すっかり暗くなった街をシンガポール川に歩いて戻る。
シンガポール川というのは大都会シンガポールのまさに中心を流れる川で、河口には先ほど写真を撮ったマーライオンが、両岸には高層ビルやオシャレな建物がどこまでも並んでいる。
川辺は美しく整備された遊歩道になっており、何箇所かの乗り場を繋いでたくさんの観光船が周遊しているのだ。
コースは30分または45分で頻発、料金も千円前後と気軽で予約も要らない。
a0097288_0492885.jpg

川に戻ってみると、なんと美しいこと!
思わず声をあげてしまうほど。
何本もかかる橋はどれも美しくライトアップされ、川面に映える美しいその景色にさっきまでの気分が一瞬にして吹き飛んだ。
はしゃぎまくって写真を撮り、それでは、と船のチケットを買う。
乗り場までの道のりもウキウキだ。
a0097288_0501964.jpg

いよいよ船に乗り込む。
屋根がついて二人掛けの椅子が両側に並ぶ、40人ほどが乗れる船。
船尾のベンチに陣取れば、そのパノラマを直に楽しむことができる。

船はぐるぐると周遊しているため、コースを一周して各自乗り込んだ場所と同じ場所または降りた場所で下船となる。
最初は船尾が満員だったがほどなく空き、すかさず家族みんなで移動。
それからはもう、目は輝きっぱなし、顔は緩みっぱなし!

「ほら、綺麗でしょ?!綺麗・・・・すごいね。コレを見せたかったの!楽しい?楽しい?」

主人は取り付かれたようにビデオを回し続けた。
もちろん乗り物大好きな悠大の顔も輝いている。
明日香は他のお客さんのアイドルになっていて、白人やインド人、修学旅行の少女達など、次々と抱っこされては写真に収まっていた。
a0097288_0514281.jpg

シンガポール川の川幅はさほど広くない。
なので両岸の風景はぐっと迫って見える。
見上げる摩天楼はまるで天から降ってくるようだし、川面に映る色とりどりの光は自分に被さってくるような感覚になる。
そしてライトアップされた橋を通り抜けるたびに光の輪をくぐりぬけ、暗い橋の下で一瞬途切れた夜景が再びパッと輝きを増す。
a0097288_0522098.jpg

ハイライトはなんと言ってもマーライオン。
昼間、皆がその前でニコニコと写真を撮った愛すべきマーライオンは、ライトアップされるとぐっと凄みが出る。
じっと海原を見据え、この街の・・・シンガポールという国を守る神としての威厳に満ち溢れるのだ。

船はゆっくりとマーライオンを眺めつつ折り返す。
いつまで見ていても飽きないその夜景をたっぷりと堪能して船を降りた。
a0097288_0524360.jpg

[PR]
# by nokonokoblog | 2009-02-14 22:50 | 2008シンガポール子連れ旅

シンガポール5) ラッフルズホテル

a0097288_0465545.jpg

シンガポールと聞いて思い浮かぶものといえばマーライオンとラッフルズホテル。
ぶっちゃけそれ以外パっと思い浮かぶものはないのだが、とにかく「ラッフルズホテルでシンガポールスリングを飲む」というのは押さえたいでしょう!

待ってろよシンガポールスリング!
マーライオン公園から張り切って徒歩で向かう。
運河のような海の橋を渡って、地図上では15分も歩けば着きそうなのだが、明日香を背負って歩くのは結構しんどかった。
おまけにちょっと道を間違え大回り。
その白亜の建物に着いた時には日も暮れかかった5時ごろだろうか。

子連れでなければ有名なロングバーに入るところだが、中庭もステキなのだ。
テーブルのひとつに家族4人が陣取る。

「何飲む?私が出すから。ここに来たらやっぱりシンガポールスリング・・・。」
「アイスコーヒー」

アイスコーヒーですか。つまんねぇ男だなぁ。 
と、思いつつ、メニューを見てびっくり!
シンガポールスリング、22シンドルもするのかよ!!!(1シンガポールドル=約70円)

「じゃ、アイスコーヒーね。」

すかさず、そのほうがきっと安いしラッキーだわ、という気分に。
しかし、アイスコーヒーがメニューに載ってない。
ウエイターに聞いてみると、大丈夫だとのこと。といっても14シン$もするのだ。

はぁ~疲れた・・・・。
おつまみに出てきたうまくもない豆菓子をポリポリつまんでお目当てのシンガポールスリングを待つ。

「やっぱりシンガポールといえばラッフルズホテルとシンガポールスリングだよね~!ね、ね、綺麗な建物だよね!」
「ラッフルズホテルって、何?」
「えーーー知らないの?」

なんと、彼はラッフルズホテルもシンガポールスリングも知らなかったのだ!
てことは・・・、

「なんでこんなところでわざわざ高い飲み物飲むのかなぁ、って。」

ひぇ~~~~。

「だからね、ラッフルズっていう人が最初にシンガポールに上陸して、だからラッフルズホテルなの。シンガポールスリングっていうのはとっても有名なカクテルなんだけど、それはこのホテルが発祥で・・・まあとにかく私はシンガポールと言えばマーライオンとラッフルズホテルでシンガポールスリングなわけよ!」

わけのわからん説明をしながら考えたのは、彼にはここのドリンクの値段は言えないわ!ということだけ。幸い彼はメニュー表を見ていない。
a0097288_0485412.jpg

あ、キタキタキタ!

まずははしゃいで写真を撮る。
一口飲んでみる。

ん? 

なんか・・・・コレ、お酒入ってるわけ?
マジかよ~。こんな、アルコールが一滴ぐらいしかはいってないような飲み物が1500円もするのかよ。
いや、でもいいの!これはシンガポール記念だから!

頭の中で自分で自分に言い訳をしながらぐびぐびと飲んでしまう。
なんだかなぁ・・・・。
それにしても・・・。

「うれしいなぁ~。これで目的は果たせたよ!」

とかなんとか言ってみるが、疲れた体に薄すぎるアルコールは全く染み込むことなく、テンションだけがクールダウンしていく。

「夕飯とかどうする? どこかいきたいところ、ある?」
「いいよ夕飯は。何でも。」
「屋台メシが食べたいって言ってたじゃん。ガイドブック、少しは読んだの? 読んでおいてって言ったじゃん。動物園の他になんか興味あるところあった?」
「読んでない。明日、別に動物園じゃなくてもいいよ。他に行きたいところがあればそれで。」

楽しみにしていたシンガポール旅行。
でも、それは私だけだったのか。
彼は全然シンガポールに興味がないのか。楽しもうと思っているのか。
彼は実質二日間しか滞在できないのだ。なのに、なのに・・・。

どんどん悲しくなってきた。だんだん腹がたってきた。
実は今回の旅行費用は私の奢りなのだ。アメリカ旅行などいつも旅費は彼が出してくれているので、私が提案した今回の旅行は私が出したのだ。

「なんでそんなにやる気ないの?!二日しかないんだよ。私はあなたにもっと楽しんで欲しいのよ!屋台だって動物園だって私はすごく楽しみにしてるんだよ!なんでそんなこと言うの?! 私、がんばってお金貯めたのに。それじゃお金出した意味ないじゃない!」

半分泣きながら怒鳴りちらし、すっかりケンカを売ってしまった。
いつものように黙りこくる彼。

「今からちょっとガイドブック読んでみて。トイレ行って来る。」

私はそう言って席をはずした。子供たちは眠ってしまっている。
もうすっかり陽が暮れた。
クリスマスイルミネーションに彩られた中庭では、上手とは言えない生バンドの演奏が始まっていた。

今思えば休みなく観光し続けてお互い疲れていただけなのだろう。
子供の前では疲れた顔を見せられない。
子供は親の様子に鏡のように反応する。大人のわがままで子供にハードな事を強いている以上、終始元気に明るく楽しく振舞っていなくては。
と、そんなことばかり思っていて、彼が疲れていることは全く想像しなかったのだ。
もっと早く気づいてあげるべきだった。

ゆっくりめに席に戻り、おだやかに言った。

「じゃ、行こうか。」

a0097288_0494073.jpg

[PR]
# by nokonokoblog | 2009-01-28 00:34 | 2008シンガポール子連れ旅

シンガポール4) マーライオン

a0097288_141748.jpg

リトルインディアを後にし、地下鉄に乗ってマーライオンに会いに行く。

シンガポールは地下鉄が便利。
出掛けにKさんが私たちにパスモのようなカードを渡してくれた。
地下鉄にもバスにも乗れて、チャージ式のカード。これを自動改札にかざせばゲートが開く。
財布やバッグの中に入っていても、バッグごとかざせば読み取ってくれるから便利なことこの上ない。
残高が少なくなれば券売機でチャージするのも簡単だ。

地下鉄を降りてマーライオンパークという記念撮影スポットに向かう。
愛すべきシンガポールのシンボルの前で家族写真を撮り、2009年の年賀状の写真に使おうという魂胆だ。
途中、結婚記念の写真を撮るカップルに出会ったり、ワクワク感が盛り上がる。

a0097288_15631.jpg

いよいよマーライオンに近づいてみると、うれしさも手伝ってなかなか愛嬌がある。
世界各国から集まった観光客たちが思い思いのポーズで写真をとってニコニコしている。
主人はマーライオンの吐く噴水を口で受け止めるポーズを私に何度も何度も撮らせていた。
それでは、と私は手で噴水を受け止めるポーズ。

中国人の兄ちゃんに頼んで家族写真を撮ってもらった。
なにせ年賀状に使うのだ。無理を言って何度も何度も撮り直してもらった。
嫌な顔ひとつせずに応じてくれるお兄さん。どうもありがとう!

a0097288_153488.jpg

ここにいる人たちはみんな笑顔。
「世界三大がっかり」としても有名なマーライオンだが、この場所のハッピーさは世界でも抜きん出ているのではないだろうか。
そう、シンガポールは人種も宗教も関係なく、誰もが等身大で暮らせる国。そういう印象がある。
今まで年の数ほどの国を訪れたが、そんな国はなかなかない。
いや、唯一の国かもしれない。
自分が異邦人であっても存在すること自体は許されている感のあるアメリカとも、あらゆる人種を受け入れているフランスとも違う、屈託の無さを感じるのだ。

思い残すことなく写真を撮り終えた。 次はラッフルズでシンガポールスリングを飲もう。
[PR]
# by nokonokoblog | 2009-01-26 01:05 | 2008シンガポール子連れ旅

シンガポール3) リトルインディア

a0097288_2355573.jpg

ランチの後は我々家族だけで夜まで観光。
まずはここ、シンガポールで一番楽しみにしていたリトルインディアを楽しまなくっちゃ!

とにかくここには圧倒される。
インドなの。 インドなのですよ! どっからどう見ても!!!

さっきまで見ていた小奇麗な大都会の摩天楼とうって変って、極彩色でヒンディー語の看板。走るリキシャー。サリーの女性たち。鎮座するガネーシャ(象の神様)。ひしめく商店。香辛料の香り。10年前に訪れたインドの記憶が蘇る。
インド人、インド人、インド人。なぜここに中国人やスカーフをかぶったマレー系の人がいるの?
・・・一体ここはどこ?私は誰? 

なんとワクワクする場所なんだろう。
小奇麗な都会が苦手な私は、ここへ来てまさに水を得た魚のようにイキイキと動き始めた。

主人は欧米の国はよく訪れているが、インドのようないわゆる「エスニックな国」には行ったことが無い。 
そうそう、そうなのよ! 私の好きな世界!ホラ見て!
彼に見せたい、伝えたい。心がはやる。
a0097288_2362528.jpg


私はまず、ヒンズー教の寺院を目指して歩いた。
極彩色に塗られた神様たちがピラミッド式に張り付いている・・・日本的雅の世界とは対極な美・・・その寺院を見上げて「おお!これぞ、インド!」と高揚する。

「ねえ、見て!ヒンドゥー寺院だよ!すごいでしょう?」
「ふ~ん。」
「ふ~ん。 って、なんとも思わないの? わーすごい!とかなんじゃこれ!とかとんでもない色だな、とかびっくりしない?」
「別に・・・」

なんとつまんない人なの! こんなに面白いのに!
私はとてもがっかりして、一瞬ふてくされたが、それよりこの面白い町を貪欲に楽しむことにした。

私はリトルインディアで布を買いたかった。
布屋を探しながら町を歩く。 
ジュエリー屋。アクセサリー屋。お菓子屋。雑貨屋。食堂。
いろんな店がひしめき合っている。

どの店も強烈にインドだ。
カレー味だ。
でも、具が色々だ。豆とジャガイモと肉ばかりのインドのカレーではない。
海老もパプリカもカブもブロッコリーもゴロゴロと入って、カレー粉で炒めた様な、人種も文化もごちゃ混ぜのカレー味だ。
中華街にあるような金行にサリーの女性が集う。カウンターの中は中国人。そんな風景はシンガポールならではだろう。

四角いブロックがガタガタと埋め込まれたとした狭い歩道を明日香を背負って歩く。悠大の乗ったベビーカーは体の大きなサリー女性の間を縫うように進む。

a0097288_2364555.jpg

私はサリーの布を売っている店を見つけ、入った。
美しいサリーの布を時間をかけて選ぶ。
この布でチュニックなどを作ろうと思っているのだ。
どれも綺麗なのだが、日本で普段着としても着られる色柄となると、布選びもなかなか慎重になる。 それでも3枚ほど買った。

もっとこの町を楽しみたいのは山々だが、主人にとってはシンガポール観光できるのは今日一日しかないのだ。コマを先に進めることにする。
[PR]
# by nokonokoblog | 2009-01-25 23:07 | 2008シンガポール子連れ旅

シンガポール2) セントーサ島・インド料理

a0097288_1855030.jpg

シンガポール初日の朝。
初日といっても滞在中2日の主人にとっては今日しか観光する時間がない。明日は終日動物園にいく予定なのだ。

午後から仕事だというKさんのご主人が午前中、車で観光のお供をしてくれるという事に。

Kさんのご主人はインド人。一目で良い人だとわかる、穏やかで優しい働き者だ。
若い頃、日本のお嬢さん、Kさんを見初めて大恋愛。
日本人が外国人、しかもアジア人と結婚するなんてことは到底考えられなかった40年近く前の話だからすごい。
今の成功と幸せを考えれば、まさにお互いに先見の明があったというわけだ。

ご主人は私達をまずシンガポールの港が見渡せる場所に連れて行ってくれた。

a0097288_8412186.jpg


国名に「港(ポル)」を冠すシンガポールの港。
その海の色はやわらかくやさしいブルーグリーン。白い砂を巻き上げて白く濁ってはいるが、その水の綺麗さに驚いた。
大都会シンガポールの海なんてとても汚くて泳ぐ気になんてならないだろう、という長年のイメージがふわっと払拭された。
上から覗くと小さな魚が泳いでいるのも見える。

天気はどんよりと曇っていたが、やさしい色のシンガポールの海を見て、すっと気持ちが晴れやかになった。
a0097288_1939799.jpg

次に向かったのはセントーサ島。
セントーサ島はシンガポールの町の突端から橋を渡っていけるスーパーリゾートアイランドだ。
入場料を払って島に入ると、そこは別世界。
海と緑の中に数え切れないほどのテーマパークがあり、島内の道は整備され、トラム(島内専用バス)で移動できるようになっている。そこに生活臭は微塵も無い。島全体がまるで巨大なアミューズメントパークになっているのだ。
そのリゾートっぷりには興味があったが、遊び始めたらキリがない。我々は滞在中その島に行くことはないと思っていたため、少しでも島内を覗けたことがうれしかった。

a0097288_8412150.jpg

ご主人は私たちをビーチに連れて行ってくれた。
海が大好きな私は大喜び!
セントーサ島で唯一行ってみたかったのがビーチなのだ。

ひっそりとしたビーチ。
中国系の女の子たちが大きな犬と一緒に波打ち際ではしゃいでいる。
真っ白い砂が美しい。
a0097288_19421913.jpg

空はどんよりと曇っているが、水は驚くほど暖かい。
そうか。
ここは赤道直下の常夏の島。

a0097288_1122331.jpg

時間がないのでビーチをすこし散歩するだけでセントーサ島をあとにして、市街地に戻る。
次に行ったのは巨大なドリアン!
ドリアンのトゲトゲが全面についている、まさにドリアンの形をした建物だ。
そのドリアンの展望テラスに出てみると、

わ~!

そこはシンガポールの町や港、マーライオンなどがぐるっと見渡せる、絶好のビューポイントだった。
a0097288_841212.jpg

ひとしきりはしゃいで、子供たちのオムツを変えるためにトイレタイム。
シンガポールはどこもトイレがきれいなので助かる。
トイレだけでなく、どこもかしこもきれいなのだが。
ありがたいのが水道水が全く問題なく飲めること。
子供の哺乳瓶を洗ったり飲み物を用意したりするのにはとても助かるのだ。

ランチを食べにリトルインディアへ。


ご主人が案内してくれた店はMUTTU。このエリアの人気店のようだ。
ここでは息子さんと合流。
去年結婚し、今年かわいい女の子のパパになった28歳。
日本語を知らずに育ったそうだが、今は流暢な日本語を話せるので、私たちとも子育て話や日本留学中の面白エピソードなど、楽しい話で盛り上がる。
a0097288_19495850.jpg

次々に出てくるインド料理もとてもおいしい!
バナナの葉をお皿代わりに大皿から取り分けてみんなでパクパク。
なんとラクダ夫は本格的なインド料理を食べるのは初めてなのだそうで、一同妙に驚いてしまった。
「だって、家の周りにインド料理屋なんてないもん。」
「それもそうか・・・・。(笑)」

楽しい食事をありがとう! 
今度は是非、日本の我が家へいらしてくださいね。
a0097288_19483541.jpg

[PR]
# by nokonokoblog | 2008-12-06 08:41 | 2008シンガポール子連れ旅

シンガポール子連れ旅1) シンガポール到着!

a0097288_2356360.jpg


2008年11月14日。
入籍3周年の記念日は私の誕生日でもある。
この日、家族4人揃ってシンガポールに出発した。

今回、主人は4日の休みしかとれず、中二日だけで帰国。私は子供たち二人とともに3日多く滞在し、中5日、7日間の旅。

11月25日に一歳の誕生日を迎える明日香にとっては初めての海外旅行。
もっとも彼女を妊娠2ヶ月の時にバンコク、更に4ヶ月の時、シアトルとバンクーバーの旅をしているわけだが。
悠大は2歳7ヶ月。彼にとっては3度目、実に4カ国目の旅である。
もっとも彼を妊娠4ヶ月の時に伝説の中パキ・・・・え?もういいって?(笑)

子連れ、特に乳幼児連れとなると滞在先はホテルよりも誰かの家が断然楽だ。
キッチンと洗濯機が自由に使え、非常時にも心強い。

今回はシンガポール在住の日本人マダム、Kさんにお誘いいただき・・・・もとい、「遊びにいらっしゃい」というブログ上のコメントをすかさず拾って押しかけたと言ったほうが近い。

一人でゼロ歳児と二歳児を抱えて海外旅行なんて!

多くの方はそう思うだろう。
が、なんでもやってみたもん勝ちなのだ。 
「一人で二人連れて電車やバスでお出かけして帰ってこれるなら海外旅行だってできるだろ!」
私はマジメにそう考えているし、躊躇するママたちにもそう伝えたい。
何より私は旅が好きなのだ!

ともかく行くことにし、格安航空券を買った。
ゼロ歳児は正規料金の10%、サーチャージ無料で2万円。。2歳児は1シート取るので大人と同じ料金。それでも家族4人で17万円ならまあ、よかろう。

航空会社はノースウェスト。
夕方出発でシンガポール到着は12時半だ。

出発当日。

朝、家族揃って家を出て、高速バス、京成線と乗り継いで成田へ。
搭乗前は機内で悠大を眠らせるためにお父さんが悠大に飛行機を見せながらロビーをグルグルと走ったり歩いたり運動させる。

乗り物大好きな悠大は、たくさんの飛行機に喜び、機内でも特に騒ぐことなく無事に6時間半のフライトを終え、シンガポールに到着した。 明日香はほとんど眠らずおっぱいに吸い付いていたが、他人様に迷惑をかけることはなく、問題なし。
さすが旅好きDNAを持つ子供たち。

シンガポールのチャンギー空港は何年ぶりだろう・・・。
ケニアに行った時に乗り継いだ。1999年の正月を迎えたのだから約10年ぶり!
便利でいろんなサービスが充実している・・・世界一好きな空港だが、さすがに深夜。ずいぶんと静かでひっそりとしていた。

空港からタクシーに乗り、Kさんの住むマンションに直行する。
レンタルしたコーエンの携帯電話で連絡すると、やった!ちゃんと通じた。
タクシーの運転手なら誰でも知っている有名マンションだと聞いている。
空港からシンガポールの繁華街に近いそのマンションまでは15分、26シンガポールドル(1シンドル=約70円)。運賃はカードで支払った。
タクシーでもカードが使えるところがさすが、シンガポールだ。

「のこさん!」

マンションの入り口でKさんが待っていてくれた。

「いらっしゃい!」 

彼女は以前会った時と同じ、ひまわりのような大きな笑顔で私たちをハグしてくれる。
Kさんに初めて会ったのは2年前。
私は彼女を見た瞬間、いっぺんで彼女を好きになった。
明るく、誰もをあったかく照らしてくれる、大きくてまんまるい笑顔。

シンガポールに来たかったわけではない。
彼女がいるからシンガポールに来たのだ。

やっと、着いた! 彼女の住むシンガポールへ!

a0097288_235639.jpg

「は~いどうぞ、ここです。」

立派なドアが開かれ、中に入る。

ひんやりと気持ちいい真っ白な床で靴を脱ぎ、リビングへ。

うひゃ~。

なんだかとんでもないところに来てしまった。

普通の家がまるごと一軒入ってしまいそうな広いリビング。
横幅8m以上あるという全面ガラス戸のむこうはバルコニー。
ドデカいテレビにソファー、足元は素晴らしい絨毯、エレクトーンやピアノ、ワインセラーもある。
そして一角にはプレジデントな仕事机。事務所も兼ねているという。
たまげたのは八人掛けの立派なダイニングテーブルの下に八畳敷きのシルクの絨毯が惜しげもなく敷かれていること。

誰がシルクの絨毯を食卓の下に敷くよ?どんだけお金持ちなの?
こりゃあ子供達の食事の時は気をつけなくちゃ!とにかく汚すんだから。

後で聞いたが台所の奥にあるメイド部屋含め、4つの部屋全てにバスルームがついており、なんと合計300へーべーだそうで。汗
私達はそのうちの一部屋を使わせていただいた。

いろいろ話したいことは山盛りだったけれど、時間はもう2時近い。(日本時間午前三時)
キングサイズのベッドにコビトサイズの我々4人、ゆったりと収まってぐっすりと眠ったのだった。

a0097288_174626.jpg

[PR]
# by nokonokoblog | 2008-12-02 23:56 | 2008シンガポール子連れ旅

ミコノス島の思い出

a0097288_22362169.jpg

先月、友達から絵葉書が届いた。

ギリシャ。
エーゲ海に浮かぶ島、アスティパレア島。
海から撮ったのだろうか、褐色の禿山に真っ白い家々が山の頂上までずっとへばりついている、お決まりの構図。
エーゲ海の島々はどこも皆似たような風景だ。


ギリシャには遥か前、21歳の頃訪れた。
海外旅行が初めての友達と一緒にトルコとギリシャ、二カ国の旅。
とはいえ私も二週間にも及ぶ本格的な自由旅行は初めてだった。

トルコの喧騒に揉まれ、不安な思いで国境を超え、アテネで数日を過ごしてからエーゲ海、ミコノス島への船に乗った。

これ以上ないワクワク感とともに緊張を強いられる旅の日々。
当時の親友とはいえ慣れない共同生活に疲れ、そして若いとはいえ肉体的にも疲れていた。

エーゲ海を行くその船で、私は一人甲板に出た。
白いペンキの塗られた甲板に9月の光がまぶしく降り注いでいた。
そして海は今まで見たことも無いほどに青かった。
光をたっぷりと抱え込んでこんこんと湧き出るような、透明で深い・・・青。

私はしばらく甲板に立ちすくみ、その青と白の光の中に身をおいた。
容赦なく体に浸入してくる圧倒的な光。
私は何もかも考えるのをやめた。
いや、やめたのではない、溶けていくような感覚。

何時間たっただろう。
船は途中立ち寄るシロス島に近づいていった。
褐色の禿山に真っ白い家々が山の頂上までずっとへばりついている・・・まるで絵葉書のような、憧れていた風景が目の前にあった。

「ほら、見て、すごいよ。見たほうがいいよ。すごくキレイ。」

何度か声をかけたが、友達はぐっすり眠っている。船に乗ってからずっと眠ったままだ。 
疲れているのだな。
私は興奮してまた甲板に出て、パチリと写真に撮った。

私だけが見た風景。


やがて船は目指すミコノス島に到着した。
船を下りると民宿のプラカードを持った人々が私たちを待ち構えていた。
しばし身構えたが、この小さな島ではとにかくどこかに宿をとる以外ないのだ。
一人の客引きに応じ、宿までの道を歩いて登っていく。

どこにいても海を見下ろせる、てっぺんに薄く積もる雪のように漆喰が塗られた低い石垣のある小道。
石垣の上には一匹の猫が海を背にこちらをじっと見つめていた。

宿に荷物を置き、島をぶらぶらと散策する。
日差しはまだ燦々と降り注いでいた。
白壁に青い窓枠の家々が細い路地を挟んでひしめくように立ち並ぶ。
四角い家の壁が日の光に照らされて幾何学模様の陰を作る。
そして目の前の白は常に青い空と青い海に囲まれていた。

誰もいない。
誰もいない。

そこに息づくのは異様に多い猫だけ。
猫たちは迷路のような路地を曲がるたびにどこかに眠っていた。
私たちに気づくとのんびりと体を伸ばし、しなやかにどこかまた他の日陰に移動していった。

私たちは青と白の風景の中をいつまでも彷徨っていた。

のんびりと。
のんびりと。

やがて日が暮れ始めた頃、宿に戻ってシャワーを浴びた。
シャワー室の小さな窓からふと見やると、夕日が海を見事にオレンジ色に染めていた。

あの強烈な光を含んだ青い海が、今は全てオレンジ色に染まっている。
圧倒的だった。

私なぜかシャワーを浴びながら泣き出してしまった。
シャワーの音でかき消しているつもりのうっ・・うっ・・と嗚咽する音が友達の耳にも入ったのだろう、

「どうしたの?大丈夫?」

心配そうに声をかけてくれる。
はっとして大丈夫だよ、なんともないの、と答えるが、友達はどう思っただろう。

「それよりねえ、外見て。夕焼けがすごくキレイ!」

そんな言葉でごまかして、私は大急ぎでシャワーを終え、カメラを持って外に飛び出した。

そして落ちていく夕日をじっと見つめていた。
[PR]
# by nokonokoblog | 2008-10-18 22:36 | 旅の思い出

中国&パキスタンの旅 20 桃源郷カラッシュ谷への道 その1

この旅行記は2005年9月に中国ウイグル自治区のカシュガルから陸路フンジュラーブ峠を越えて北部パキスタンを旅行した時の記録です。 
過去記事はコチラからどうぞ。
http://blog.livedoor.jp/nokonokoblog/archives/cat_50002859.html
<今までのあらすじ>
カシュガルで友人シモノフ(日本人女性)と合流し、バスで4900mの峠を越え、パキスタンに入った。 一緒に峠を越えた日本人たちとともにカラコルムハイウェイ沿いの村々を楽しみ、旅人の聖地フンザに入り、スーパー観光地と化したこの町でしばしの休息をとる。

(スキャナーが壊れて携帯で複写して載せています。汚くてごめんなさい!)
=============
a0097288_202815.jpg

(これがパキスタンの乗り合いタクシー「スズキ」)


朝5時半に起きてハイダー爺さんの宿を出た。

フンザでしばし旅のひと休みを終え、今日からいよいよ桃源郷カラッシュ谷への過酷な旅が始まるのだ。
中国国境のタシュクルガンから同行していたけんちゃんとメグちゃんも一緒。

カラッシュまでの行き方はいまひとつよく分からない。
フンザ地方の州都ギルギットから峠を越えて行く。
以前は道が悪すぎて峠をバスで越えることは出来ず、ジープを1台6000ルピー程度でチャーターして二泊3日の行程だったのだが、最近はどうやらバスが通れるようになったらしい。

乗り場や時間など詳しい事は全く解らないが、とにかくギルギットまで行ってあとは人に聞けばなんとかなるだろう。

まずはカラコルムハイウェイ沿いの下の街までスズキ(乗合タクシー)で下る。 それからバスに乗り換え3時間、90ルピー(約180円)。9時半にはギルギットに到着した。

a0097288_2031578.jpg

大きな街だ。
このところ銃撃戦が頻繁に起こっているというが、見たところ平穏で変わった様子はない。それでもやはり一刻も早くこの危険な街を出てカラッシュに向けコマを進めたかった。

宿の日本人旅行者たちが言うにはマスツージという峠を越えた街までバスで行けるらしい。
私達はまずスズキに乗ってドライバーとバスが出る場所を探してまわった。
バス会社の名前はナトコ。

街の中を行ったり来たり。
バスが出る場所にたどり着いた頃には10時出発のバスがすでに出てしまっていた。
次のバスは明日だという。

困っているとパンダールという峠の手前の街まで行く車ならある、と声をかけられた。料金は160ルピー。

ジープはバスより値段が少し高いがきっとバスよりは早いだろう。
それよりそのパンダールとやらから乗り継げるバスはあるのだろうか。

まあいい。道沿いなら何かしら車は走っているさ。
とにかくこの街から出てしまいたいのだ。
私達は2時に出発するというジープに乗ることにした。
a0097288_2058451.jpg

時間があるので街の中心まで行って腹ごしらえ。
立派な髭を蓄えたおじさんが店先で焼いていたカバブが美味しそうだったのでその店に入る。
カバブ二種類と、隣の店先で揚げていたポテトやマンゴージュースも買ってきて食べた。
カバブもポテトもスパイスが効いて美味いのだが、2種類買ったカバブの片方は軟骨?臓物?一体なんだったのか、私はこういうのダメ。
濃厚なマンゴージュースは絶品だ。

ひと息ついてから私達はある店を探し始めた。
ガイドブックに載っていたおいしいパウンドケーキの店。
女三人男一人。
女優勢ではケーキ食べ歩きがレジャーになる。

パキスタンはお菓子がとてもおいしい。特にパウンドケーキはパキスタンの人に身近なようで、小さなよろず屋にもパンとともに必ず売っている。
フンザのクルミのパウンドは大袈裟ではなく我が人生で一番の味だったが、この本に載っている店はどうだろう。

歩き回ってやっとそれらしきケーキ屋さんを発見。
中のテーブル席に座ってお茶と一緒にいただく。
おいしい!
シンプルでさっくりほっこり。素直な味だ。

この店で警察官だというお兄さんと話をする。
やはりこの町では時折発砲を伴う抗争が起こるという。
今日は大丈夫だよ、というが、やはり危険なものは危険なのだ。

パンダールまで行くジープの乗り場はオンパリという地区にあるミニバスステーション。
車は予定通り2時少し前に出発した。
a0097288_2061279.jpg

一時間位走って小さな村で止まり、休憩。
雰囲気のいい村だ。
シルクロードの国々でよくみかける桟敷のある露店でまったり。赤と白、両方のブドウを買って食べたら少し元気になった。
今日は体調はあまりよくないのだ。
いや、今日も、だ。 今回の旅はどうも体がキツくて疲れやすい。

再び車は走り出した。
景色はいよいよ田舎風。川沿いの道をずっと走るのだが、黒い岩がギラギラ光るカラコルムハイウェイよりもずっとやさしい景色だ。
川沿いの畑にはとうもろこしがなっていて、畑の緑がやさしくて。
a0097288_2071249.jpg


それにしてもこの車、狭い!
パジェロぐらいの大きさのジープだが、助手席に2人、真ん中と3列目には4人づつ。
そして後方の荷台部分に小さな椅子が取り付けてあり、そこに3人。私はその荷台部分に荷物と一緒に押し込まれた。膝をピッタリくっつけて肩をすぼめて縮こまり、ぎゅ~っと押し込められて全く身動きが取れない。
今までいろんな国でいろいろと狭苦しい思いをしてきたが、この車は中でも相当厳しかった。
体調も万全でない中これはキツイが乗ってしまった以上は耐えるしかない。

やがて日も暮れ暗闇の中、ただただ耐え続けて7時間半。
午後9時半。やっとパンダールに到着した。

真っ暗だ。
街灯ひとつない。
そして、寒い。

車は宿の前に止まり私たちを降ろして去っていった。
宿のスタッフが私たちを迎え入れてくれたが、電気がないのか中でも真っ暗。
ろうそくの明かりで夕食のポテトの煮込みを食べた。
おいしかった。

疲れ果てた。 
どうせ暗闇では何もできない。 私たちは部屋に入るとベッドに寝袋ごともぐりこんで寝てしまった。
[PR]
# by nokonokoblog | 2008-02-13 01:54 | 中国・パキスタンの旅

ネパール人の友達の思い出

a0097288_1535925.jpg


「私は日本に行きます。」

ネパール人青年アマルからの手紙には確かにそう書いてあった。

彼と文通を始めて数年たった大学二年の初夏の事だった。

どんないきさつで彼が日本に来ることになったのかは知らないが、目的は出稼ぎだ。

ある日アパートの電話が鳴った。

「ノコ?」

アマルからだった。

「ワタシハイマ、ニホンニイマス。」

初めての英語の電話。
全く言葉が出てこない。 ただでさえ英語は大の苦手なのに顔が見えない電話のなんと難しいことか。
少しの会話でも途方もなく時間がかかった。

「日本の友達はあなただけです。私を色々助けて下さい。」
「 会いたいです。いつにしますか。」

私が言葉に詰まると

「ノコは声がかわいいね。」
「うれしいな。ボクはラッキーだ。」

そんな言葉で話の間を持たせている。
まだ若い私は英語で囁かれるそんな言葉にもドギマギして余計に言葉が出てこない。

要は、怖いのだ。

得体の知れない外国人。しかも途上国の。
貧しい国から日本にやって来るということは、相当のやり手かギラギラと野心に満ちた向こう見ず。

文通だけならいいが、実際に彼は日本に来て、私を頼っているのだ!

うまく断る図々しさも英語力もない。
私は彼と会う約束をして電話を切った。

待ち合わせた場所に現れた彼は目が大きく鼻は丸く、肌は浅黒く、背は低いががっしりとした男だった。
東南アジアでもない、インドでもアラブでもない、異国の顔の男。

会ってみた彼は実直でひかえめな男だった。
何を話したかは覚えていない。

それからほぼ毎日、彼から電話がかかってきた。
毎日1時間、他愛のない話を苦労して。
おかげで少しは英語に慣れたが、私にとってはとても大変で楽しい時間ではなかった。

彼には何度会っただろう。

三度目くらいか、ネパール人は二人に増えた。

アマルの友達が日本にやってきたのだ。
彼はアマルとは似ても似つかない男だった。
スリムで背が高くお洒落な男。性格は明るく、狡猾で軽い感じ。

弟分のアマルをぐいぐい引っ張っていき、物事を楽々とこなすその友達を、アマルは頼りにしているようだった。

どう考えてもネパール人としてはスレているその男を私は気に入らなかった。

おとなしいアマルが日本で職を得て生活していくにはこの男の手助けが必要だろう。
しかし私はこれからしたたかに、そして少しずつ薄汚れていくであろうアマルとネパールの清々しい山々のイメージとのギャップに、なんだか空が曇っていくような気分になった。

それからだんだんと電話は少なくなり、いつしか連絡は途絶えた。

アマルが今どうしているかは知らない。
[PR]
# by nokonokoblog | 2008-01-31 09:58 | 旅の思い出

ネパールといえば

a0097288_2327014.jpg

友人が正月にネパールに行ってきたという。

この寒い寒い時期にネパール!? いやだぁぁぁ・・・
と思う方も多いだろうが、実はネパールのベストシーズンは冬。
ヒマラヤの雄姿が一番美しく見られるのが冬なのである。

ネパールといえば、中学生の頃、初めて先進国以外の国に憧れた最初の国だ。

その頃、私の中の地球はうんと小さかった。
日本があり、アメリカがあり、ソ連があってヨーロッパの国々があって・・・南のほうにはハワイやオーストラリアがあるらしい。

世界地図を見て、あらかた世界の国々や大陸のカタチや並びを知ってはいても、実際に自分の知識や興味からイメージする「世界」とはこの程度でしかなかったのだと思う。

それでも私は中学生の頃、本やテレビでときおり紹介されるアジアの国々に心惹かれ、いつか行ってみたい、とおぼろげながら思っていた。

高校生になった頃だろうか。
学校の文化祭で「海外文通」を紹介しているクラブがあった。
文通・・・インターネットなどほど遠い時代の話だ。
小さなカードにタイプライターで印字された、外国の人の名前と住所。

それも、アメリカでもイギリスでもフランスでもない・・・アジアの国の人のもの。

私はなんだか妙にわくわくして、何枚かカードを持ち帰り、その中の一人に手紙を書いてみた。

名前はアマル。 カトマンズの男性だ。

しばらくすると、本当に返事が返ってきた。

ザラザラの便箋。
読むのに一苦労する丸みを帯びた手書きの文字。 
とても、とても、わくわくした。
英語は恐ろしく苦手だったが、辞書をひきひき短くつたない手紙を書いた。

やりとりは頻繁ではなかったが、この文通は数年間続いた。

私の外国への興味はますます募って、私はアジアを専門に学ぶことができる大学に入学した。
私の意識の中の地球はどんどん大きく、広がりをもっていった。

やがて私は外国にでかけるようになり、その地球の地べたの上を這い回ることによって、実際の地球の大きさがいかほどであるか、なんとなく体感し、想像できるようになった。
その地球の上で自分が出会った人たちがそれぞれの土地で、それぞれの生活をしていることも、生々しい現実としてとらえることができるようになった。

私の中の地球は、現実味をもって自転し始めたのだ。


それから今まで、アジア、中東、アフリカなど・・・私は歳の数ほどの国を訪れたが、
なぜかネパールは未踏のままである。


だが、私がまだ外国を知らない18歳の頃。
ネパールの方が日本にいる私を訪れた。

文通相手のアマル。

彼が日本にきてしまったのだ!

(続く)
[PR]
# by nokonokoblog | 2008-01-15 23:23 | 旅の思い出