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カテゴリ:旅の思い出( 3 )

ミコノス島の思い出

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先月、友達から絵葉書が届いた。

ギリシャ。
エーゲ海に浮かぶ島、アスティパレア島。
海から撮ったのだろうか、褐色の禿山に真っ白い家々が山の頂上までずっとへばりついている、お決まりの構図。
エーゲ海の島々はどこも皆似たような風景だ。


ギリシャには遥か前、21歳の頃訪れた。
海外旅行が初めての友達と一緒にトルコとギリシャ、二カ国の旅。
とはいえ私も二週間にも及ぶ本格的な自由旅行は初めてだった。

トルコの喧騒に揉まれ、不安な思いで国境を超え、アテネで数日を過ごしてからエーゲ海、ミコノス島への船に乗った。

これ以上ないワクワク感とともに緊張を強いられる旅の日々。
当時の親友とはいえ慣れない共同生活に疲れ、そして若いとはいえ肉体的にも疲れていた。

エーゲ海を行くその船で、私は一人甲板に出た。
白いペンキの塗られた甲板に9月の光がまぶしく降り注いでいた。
そして海は今まで見たことも無いほどに青かった。
光をたっぷりと抱え込んでこんこんと湧き出るような、透明で深い・・・青。

私はしばらく甲板に立ちすくみ、その青と白の光の中に身をおいた。
容赦なく体に浸入してくる圧倒的な光。
私は何もかも考えるのをやめた。
いや、やめたのではない、溶けていくような感覚。

何時間たっただろう。
船は途中立ち寄るシロス島に近づいていった。
褐色の禿山に真っ白い家々が山の頂上までずっとへばりついている・・・まるで絵葉書のような、憧れていた風景が目の前にあった。

「ほら、見て、すごいよ。見たほうがいいよ。すごくキレイ。」

何度か声をかけたが、友達はぐっすり眠っている。船に乗ってからずっと眠ったままだ。 
疲れているのだな。
私は興奮してまた甲板に出て、パチリと写真に撮った。

私だけが見た風景。


やがて船は目指すミコノス島に到着した。
船を下りると民宿のプラカードを持った人々が私たちを待ち構えていた。
しばし身構えたが、この小さな島ではとにかくどこかに宿をとる以外ないのだ。
一人の客引きに応じ、宿までの道を歩いて登っていく。

どこにいても海を見下ろせる、てっぺんに薄く積もる雪のように漆喰が塗られた低い石垣のある小道。
石垣の上には一匹の猫が海を背にこちらをじっと見つめていた。

宿に荷物を置き、島をぶらぶらと散策する。
日差しはまだ燦々と降り注いでいた。
白壁に青い窓枠の家々が細い路地を挟んでひしめくように立ち並ぶ。
四角い家の壁が日の光に照らされて幾何学模様の陰を作る。
そして目の前の白は常に青い空と青い海に囲まれていた。

誰もいない。
誰もいない。

そこに息づくのは異様に多い猫だけ。
猫たちは迷路のような路地を曲がるたびにどこかに眠っていた。
私たちに気づくとのんびりと体を伸ばし、しなやかにどこかまた他の日陰に移動していった。

私たちは青と白の風景の中をいつまでも彷徨っていた。

のんびりと。
のんびりと。

やがて日が暮れ始めた頃、宿に戻ってシャワーを浴びた。
シャワー室の小さな窓からふと見やると、夕日が海を見事にオレンジ色に染めていた。

あの強烈な光を含んだ青い海が、今は全てオレンジ色に染まっている。
圧倒的だった。

私なぜかシャワーを浴びながら泣き出してしまった。
シャワーの音でかき消しているつもりのうっ・・うっ・・と嗚咽する音が友達の耳にも入ったのだろう、

「どうしたの?大丈夫?」

心配そうに声をかけてくれる。
はっとして大丈夫だよ、なんともないの、と答えるが、友達はどう思っただろう。

「それよりねえ、外見て。夕焼けがすごくキレイ!」

そんな言葉でごまかして、私は大急ぎでシャワーを終え、カメラを持って外に飛び出した。

そして落ちていく夕日をじっと見つめていた。
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by nokonokoblog | 2008-10-18 22:36 | 旅の思い出

ネパール人の友達の思い出

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「私は日本に行きます。」

ネパール人青年アマルからの手紙には確かにそう書いてあった。

彼と文通を始めて数年たった大学二年の初夏の事だった。

どんないきさつで彼が日本に来ることになったのかは知らないが、目的は出稼ぎだ。

ある日アパートの電話が鳴った。

「ノコ?」

アマルからだった。

「ワタシハイマ、ニホンニイマス。」

初めての英語の電話。
全く言葉が出てこない。 ただでさえ英語は大の苦手なのに顔が見えない電話のなんと難しいことか。
少しの会話でも途方もなく時間がかかった。

「日本の友達はあなただけです。私を色々助けて下さい。」
「 会いたいです。いつにしますか。」

私が言葉に詰まると

「ノコは声がかわいいね。」
「うれしいな。ボクはラッキーだ。」

そんな言葉で話の間を持たせている。
まだ若い私は英語で囁かれるそんな言葉にもドギマギして余計に言葉が出てこない。

要は、怖いのだ。

得体の知れない外国人。しかも途上国の。
貧しい国から日本にやって来るということは、相当のやり手かギラギラと野心に満ちた向こう見ず。

文通だけならいいが、実際に彼は日本に来て、私を頼っているのだ!

うまく断る図々しさも英語力もない。
私は彼と会う約束をして電話を切った。

待ち合わせた場所に現れた彼は目が大きく鼻は丸く、肌は浅黒く、背は低いががっしりとした男だった。
東南アジアでもない、インドでもアラブでもない、異国の顔の男。

会ってみた彼は実直でひかえめな男だった。
何を話したかは覚えていない。

それからほぼ毎日、彼から電話がかかってきた。
毎日1時間、他愛のない話を苦労して。
おかげで少しは英語に慣れたが、私にとってはとても大変で楽しい時間ではなかった。

彼には何度会っただろう。

三度目くらいか、ネパール人は二人に増えた。

アマルの友達が日本にやってきたのだ。
彼はアマルとは似ても似つかない男だった。
スリムで背が高くお洒落な男。性格は明るく、狡猾で軽い感じ。

弟分のアマルをぐいぐい引っ張っていき、物事を楽々とこなすその友達を、アマルは頼りにしているようだった。

どう考えてもネパール人としてはスレているその男を私は気に入らなかった。

おとなしいアマルが日本で職を得て生活していくにはこの男の手助けが必要だろう。
しかし私はこれからしたたかに、そして少しずつ薄汚れていくであろうアマルとネパールの清々しい山々のイメージとのギャップに、なんだか空が曇っていくような気分になった。

それからだんだんと電話は少なくなり、いつしか連絡は途絶えた。

アマルが今どうしているかは知らない。
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by nokonokoblog | 2008-01-31 09:58 | 旅の思い出

ネパールといえば

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友人が正月にネパールに行ってきたという。

この寒い寒い時期にネパール!? いやだぁぁぁ・・・
と思う方も多いだろうが、実はネパールのベストシーズンは冬。
ヒマラヤの雄姿が一番美しく見られるのが冬なのである。

ネパールといえば、中学生の頃、初めて先進国以外の国に憧れた最初の国だ。

その頃、私の中の地球はうんと小さかった。
日本があり、アメリカがあり、ソ連があってヨーロッパの国々があって・・・南のほうにはハワイやオーストラリアがあるらしい。

世界地図を見て、あらかた世界の国々や大陸のカタチや並びを知ってはいても、実際に自分の知識や興味からイメージする「世界」とはこの程度でしかなかったのだと思う。

それでも私は中学生の頃、本やテレビでときおり紹介されるアジアの国々に心惹かれ、いつか行ってみたい、とおぼろげながら思っていた。

高校生になった頃だろうか。
学校の文化祭で「海外文通」を紹介しているクラブがあった。
文通・・・インターネットなどほど遠い時代の話だ。
小さなカードにタイプライターで印字された、外国の人の名前と住所。

それも、アメリカでもイギリスでもフランスでもない・・・アジアの国の人のもの。

私はなんだか妙にわくわくして、何枚かカードを持ち帰り、その中の一人に手紙を書いてみた。

名前はアマル。 カトマンズの男性だ。

しばらくすると、本当に返事が返ってきた。

ザラザラの便箋。
読むのに一苦労する丸みを帯びた手書きの文字。 
とても、とても、わくわくした。
英語は恐ろしく苦手だったが、辞書をひきひき短くつたない手紙を書いた。

やりとりは頻繁ではなかったが、この文通は数年間続いた。

私の外国への興味はますます募って、私はアジアを専門に学ぶことができる大学に入学した。
私の意識の中の地球はどんどん大きく、広がりをもっていった。

やがて私は外国にでかけるようになり、その地球の地べたの上を這い回ることによって、実際の地球の大きさがいかほどであるか、なんとなく体感し、想像できるようになった。
その地球の上で自分が出会った人たちがそれぞれの土地で、それぞれの生活をしていることも、生々しい現実としてとらえることができるようになった。

私の中の地球は、現実味をもって自転し始めたのだ。


それから今まで、アジア、中東、アフリカなど・・・私は歳の数ほどの国を訪れたが、
なぜかネパールは未踏のままである。


だが、私がまだ外国を知らない18歳の頃。
ネパールの方が日本にいる私を訪れた。

文通相手のアマル。

彼が日本にきてしまったのだ!

(続く)
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by nokonokoblog | 2008-01-15 23:23 | 旅の思い出